シートに身を沈めエンジンをスタートさせる。
私はアクセルを踏み込むと、ゆっくりと車を発進させた。
車はボディに派手なペイントが施されたマツダ「アクセラ」
外見からは分からないが、特殊な改造車だ。
五月らしい爽やかな晴天で路面状況は良好。
私はひとつひとつのカーブの感触を確かめるようにハンドルを切った。
コース脇に植えられた緑が鮮やかに輝き、窓の外を流れていく。
セナ、プロスト、マンセル、中嶋悟、鈴木亜久里、シューマッハ。
F1の黄金期を支えたヒーロー達。
THE SQUAREの「TRUTH」
古舘伊知郎のマシンガン実況。
ふと古い記憶がよみがえり、懐かしい気分になる。
それにしても、
助手席に座るこの男はいったい何なのだ?
さきほどから、ずっと喋りっぱなしで落ち着く様子がない。
次から次へと、よくもまぁ口が回るものだ。
私は男の鼻先に人差し指を突きつけ警告してやろうかと思ったが、この手の人間には無駄なことだろう。
回遊魚が泳ぐのをやめると死んでしまうように、喋るのをやめると死んでしまうに違いない。
私は思い直し、適当に相槌を打ってやり過ごすことにした。
車が止まり、男が手元のボードに何か書き込みながら話しかけてくる。
「今日が初回ですよね。緊張した?」
「はい。」
「徐々に感覚を思い出せばいいから。」
「はい。」
「もっと周りに気を配って、状況をよく見て。」
「はい。」
「サイドミラーを活用。」
「はい。」
「学科も大事だから、ちゃんと受けたほうが良いですよ。」
「はい。」
「あと、もっとスピード出していいから。」
「はい。」
「何か質問はありますか?」
「いいえ、特にないです。」
「じゃあ頑張って下さい。お疲れ様でした。」
「ありがとうございました。」
車を降り、立ち去ろうとする私に
「ほらほら、荷物忘れてますよ。」
男が半笑いで声をかける。
「あはは、すいませ〜ん。」
私は満面の笑みで答えた。